2012/01/24
映画 BLUES HARP
エタ・ジェームス、逝ってしまわれましたね・・・。
悲しいですが(しかも最近ある災難に遭って落ち込んでもいるのですが)、気を取り直して、今日は映画の話です。最近、三池崇史監督の『ブルース・ハープ』という映画があるということを発見しました。三池監督の作品にはすごく好きなものがいくつかあるので、期待が高まります。なんでも、ブルース・ハープを演奏する若者とヤクザの若者の話らしい。これはおもしろそうではありませんか。
というわけで、さっそく鑑賞。以下、ネタバレありです。
冒頭がとにかくかっこいい。時計を見ていたわけではないのではっきりとした時間は覚えていませんが、最初の10分くらいでしょうか。ライブハウスのシーンとヤクザの暴力シーンがテンポよく交錯。それから、忠治(池内博之)が煙草を吸うために擦ったマッチの灯りで、健二(田辺誠一)の顔が暗闇に浮かび上がる。この辺りまでが非常にかっこいいです。
三池監督は男性を美しく格好良く撮る人だと思います。それから、『46億年の恋』でもそうでしたが、ホモセクシュアルのプラトニックな愛を描くのが上手い。男性同士の濡れ場など一切ないのですが、忠治がシーツに絡まって眠っているシーンなんて非常にエロいです。池内博之くんの小麦色の肌がおいしそう。
それから、自分の野望を実現させる手段として寝たくもない女と寝る健二が、その情事のあとで執拗に歯を磨き、身体を洗い、仕舞いには嘔吐するシーンもインパクトがありました。劇中、彼がゲイだということは明確にされているわけではなく、このような歯磨きシーンや、忠治への目線、また、健二の弟分の行動などによって徐々に提示されて行きます。
全体的にもうちょっとブルース中心の内容かと思ったのですが、ブルースの映画というよりも、ヒューマン・ドラマの映画、又は青春映画という感じが強いです。ライブハウスのシーンはたくさん出てきますが、忠治がステージでハーモニカを吹くシーンは3度。それから、レコード屋でリトル・ウォルターのLPを買うシーンがあります(ここはちょっと興奮しました)。その他は特にブルースが出てくるところはないので、ブルースやブルース・ハープを核にしたストーリーだと思って見ると、ちょっと期待はずれとなるかもしれません。ちなみに私はなぜか、忠治が初めてステージに上がるシーンでものすごく恥ずかしくなってしまい、そわそわもじもじしてしまいました。一体何だったんでしょうあの恥ずかしさは。謎です。
それから、ブルースではないのですが、ライブハウスで演奏をしていた面影ラッキーホールというバンドが、シュールでおもしろくてかっこよかったです。YouTube で検索してみたら、映画で使われていた曲は見つからなかったのですが、それに似た感じの曲がありました。格好いいバンドサウンドと強烈な歌詞の組み合わせがもうすごいったらないです。この曲中の「毎晩誰かの車が来るたび 闇にくるまり」という歌詞は、「今晩誰かの車が来るまで 闇にくるまっているだけ」という佐野元春の『アンジェリーナ』からの引用でしょうね。そのあたりもおもしろい。
>面影ラッキーホール/あんなに反対してたお義父さんにビールをつがれて
とここまで書いたら、佐野元春の『アンジェリーナ』が無性に聴きたくなりました。
話がそれましたが、個人的にはなかなか好きでした、『ブルース・ハープ』。
2012/01/16
プレイフル・ドラゴン
今年はもうちょっとマメに更新しようと思っていたのに、すっかり久しぶりのブログとなってしまいました。新年からこれですよ、まったく。
先日、電話に出たら、いきなり 「どわわわわわわ」 というハーモニカの音 (コードのトレモロ) が聞こえてきました。また夫がしょうもないことして・・・と思っていたら、夫からではなくてオランダの友人からでした。もう良い歳 (70代) なのに、子供みたいに人生を楽しんでいるこの友人が、私は大好きです。彼と奥さんを見ているといつも、歳はこんなふうに取りたいものだと思います。去年は会えなかったので、今年はぜひ遊びにおいで!というお誘いを受けました。会いたいと思う友人、会いたいと思っていてくれる友人がいるのはありがたいこと。音楽を通して知り合った人には、様々な国籍や年代の人がいて、そういう面でも音楽をやっていて良かったなあと思うことが多いです。
さて、前置きが長くなりましたが、今日は新年恒例となった、「ハーピストの干支」 です。1月もすっかり半ばを過ぎて、今更という感じも否めませんが、お暇な方はおつきあいくださいませ。
辰年のハーピストは、Paul deLay。
彼のハーモニカは、遊び心があって、なんとも楽しい!
>The Paul deLay Band – Harpoon Man
聴いているとついつい微笑んだり、吹き出したりしてしまいます。上の曲はブルーグラスっぽい曲調だからということもあるかと思いますが、次のようなダウンホーム調の曲でも遊び心がいっぱいです。こちらの方の演奏はちょっとビッグ・ウォルターっぽい音質とアプローチですが、でもやっぱり聞こえてくるのはディレイ節。
>Paul deLay – “Keep On Drinkin” (Back In The Day)
ポール・ディレイに限らず、一流のプレイヤーの演奏には、どこか遊び心が感じられることが多いと思います。リトル・ウォルターにしろ、ビッグ・ウォルターにしろ、サニー・ボーイズにしろ・・・。それから何といっても、ジェームズ・コットン。現役のプレイヤー (コットンも現役ですが。) でも遊び心を持った人はたくさんいますが、特に私を笑わせてくれるのは、リック・エストリン。ポール・ディレイにももっと長生きしてほしかったですね。
やっぱり音楽は楽しくなくちゃ、です。
2012/01/03
New Year’s resolution
あけましておめでとうございます。
みなさま、よいお年を迎えられましたでしょうか。私は友達の家で楽しく年越しをしました (こちらでは家族と過ごすのはクリスマスで、年越しはパブへ行ったり友達と過ごしたりする人が多いんです)。その年越しパーティーで行われた曲名当てクイズでは、映画 「12モンキーズ」 のテーマを当て、なかなか幸先の良いスタートとなりました。テリー・ギリアムはすごく好きな監督なので、「12モンキーズ」 を当てて年越しとなったのは非常に嬉しいのですが、新年がテリー・ギリアム的悪夢の年にならなければいいけれど・・・と、実はちょっと不安だったりもします。
さて、年が明けて気分も新たに、今年は新年の抱負を宣言してこのブログを始めることにしました。もうちょっとまめに部屋の掃除をしようとか、甘い物を食べすぎないようにしようとか、あまりぐうたらしないようにしようとか、もう少し社交的になった方がいいとか、私の生活の改善点を挙げたら切りがないのですが、このブログは一応ハープ・ブログということで、ハーモニカについての抱負を述べたいと思います。こほん (咳払い)。
ということで、2012年の抱負。
「初心に帰る」
です。
先日、Hohner の Thunderbird を手に入れたと書きましたが、この楽器を吹き始めてから、「音色」 ということをより意識するようになったんですね。まあ当たり前のことではありますが、ロウ・キーのハーモニカをきれいに鳴らすには、口や喉の開き方や身体への共鳴のさせ方 (英語では reaonance chamber という言い方をします。) を少し変えなければならないということに気がついて、それから、普通の (ロウ・キーではない) ハーモニカに戻った時にも、以前よりこの reaonance chamber の作り方を意識するようになりました。音色に集中してロング・トーンの練習をしたりなど、正に初心に帰る、です。
それから、これは先日も書きましたが、Thunderbird を吹くようになってから、リズム演奏が楽しいんです。何といってもリズム演奏はブルース・ハープの核となるもの。ということで、今年は音色の改善と共に、リズム中心の演奏方を磨いて行く予定です。まずはサニー・ボーイ2世のコピーから始めるつもりだったのですが、やっぱり (予想した通り) これは難しくて歯が立たなかったので、サニー・ボーイIIスタイルで演奏しているリック・エストリンの曲のコピーから始めました。リック・エストリンができるようになってくるにつれて、サニー・ボーイIIもわかりやすくなってきました。サニー・ボーイIIとリック・エストリンに限らず、モダン・ハーピストの演奏を学ぶことによって、ODBG (Old Dead Blues Guys) の演奏がわかりやすくなるということはあると思います。例えば、キム・ウィルソンがリトル・ウォルターの、ジェリー・ポートノイがビッグ・ウォルターの演奏への導き役となるというようなことが。そういう意味でも私はやはり、たまにいる 「古い物以外は全てダメ」 的な考え方の人はもったいないなあと思います。
今年も古い物から新しい物まで、色々混ぜてブログを書いていく予定です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。ハープ・ラバーのみなさま、ブルース・ラバーのみなさまにとって、素敵な一年となりますように。
2011/12/29
Thunderbirdでchugging
クリスマスにHohnerのThunderbirdをプレゼントにもらって、ちょっと世界が広がった気がしています。ブルース・ハープってやっぱり楽しいですね。
ロウ・キーのハーモニカは、これまでSeydelのものを人から借りて吹いたことが何度かあるのですが、どうもしっくり来なかったんです(Seydel批判をしたいわけではありません。Seydelはすごく好きな会社です)。でもこのThunderbirdは楽しい!夫がちょっとカスタマイズしてくれたということもあるかもしれませんが、それにしても吹きやすい。
ロウ・キーのハーモニカの魅力を引き出すのは、何といってもchugging!
というわけで、ここ数日はもっぱら、Thunderbirdを使ってchugging(リズム演奏)に励んでいます。夫とデュオの演奏をしたり、なかなか楽しい毎日です。私のレベルでは非常に難しいですが、これからサニー・ボーイ2世のコピーなんかもやってみたいと思っています。これをロウ・ハープでやったら楽しいだろうなあ。
>Sonny Boy Williamson – 1964 – Bye Bye Bird – AFBF – The British Tours
CrossoverとThunderbirdの開発に関わったJoe Filisko(ジョー・フィリスコ)氏の演奏も参考にして・・・。フォックス・チェイス、サニー・テリー、ペッグ・レッグ・サム、トレイン・イミテーション、サニー・ボーイ II、サニー・ボーイ I、ビッグ・ウォルター、ケイジャン音楽、フォーク音楽・・・次々とデモンストレーションをして見せるフィリスコ氏。見ているだけで楽しくなっちゃいます。このクリップは以前紹介したデヴィッド・バレットのサイトからの抜粋ですね。3:15あたりから演奏が始まります。
>Joe Filisko on Playing Low-Tuned Harmonicas Part 2 (Contributor Submission #2 at BluesHarmonica.com)
ビデオの冒頭でジョーも言っている様に、ロウ・キーのハープは、正しいベンドの仕方を学ぶのにも役立つと思います。口先で無理やりベンドするやり方では、ロウ・キーのハープは吹けません。自分のテクニックを見直すという点でも、日々の練習が新鮮になっています。2012年はロウ・キーでchuggingの年になりそうな予感。
それではみなさま、よいお年を!
2011/12/22
Happy Christmas!
先日、安藤政信くんの夢を見ました。ちょっと幸せな今日この頃です。
いい男とおいしい物と音楽のことだけを考えていられたら人生楽なのですが、なかなかそうも行きません。
さて。
クリスマスも間近ということで、今日はこちらのクリップ。
サニー・ボーイ2世なんかがやっていた、手を使わずにする演奏ですね。キャンドルや窓の飾り、最後の演出もかわいいです。
それではみなさま、楽しいクリスマスとなりますように!
2011/12/06
Jaco Pastorius – The Chicken
先日、とあるローカルなイベントで、アコースティック・ベースとドラムという、なんともかっこいいデュオの演奏を見ました。ハーモニックスを多用したジャコ・パストリアス並の(と言うのはやはり大袈裟ですが、でも上手かった。)ベースと、それにからむドラム。インストものが多かったのですが、数曲ベースの男の子が歌ったりもしていました。演奏した曲のほとんどがオリジナルというのにも感心。
そんなわけで、帰って来てジャコが無性に聴きたくなったので、今日はびきりにかっこいいこの曲。皆さんソロもかっこよくて最高。
ベースとギターとドラムだけで演奏しているこのクリップも良いです。小編成なのでベースのパートがわかりやすいのはもちろん、各プレイヤー同士のからみもわかりやすくておもしろいです。ジャコのソロもあります!
>JACO PASTORIUS- The Chicken- Studio Live&John Scofiel
それにしてもなぜ私は、かっこいいベースを聴くとこうも興奮してしまうのでしょうか。以前にも書いた気がしますが、来世は絶対にベーシストになりたい。
2011/11/18
そこで語られるべきこと
今日はちょっと愚痴です。音楽の話ではありますが、クラシックの話ですし(ブルースに共通する点もあるとは思いますが。)、仕事の愚痴なので、お暇な方だけ読んでください。
数ヶ月前からレッスンをしている生徒さんがいます。60代後半の年配の方で、クラシック音楽を長年愛好してピアノを弾いてきたアマチュア・ピアニストの方なのですが、この生徒さんに私はちょっと困っています。最初のレッスンから、「この人とは音楽に求めるものが根本的に違うのかも」と思い始め、更にレッスンを重ねた今、「この根本的な違いの溝は、どんなにレッスンを続けても埋められるものではないのかもしれない」と、ちょっと絶望的な気持ちになっています。
「この曲は簡単」とか、「この曲は難しい」とか、とにかくやたらと難易度にこだわる人で、それはもちろん自分の力量や曲のレベルを把握する上で大切なことではあるのですが、問題は彼の言う難易度の基準が、「全ての音を間違わずに弾けるかどうか」のみによることです。音色や細かい表現に対するこだわりは全くないし、作曲者の意図や音楽的な深さや難しさについては、その存在を理解すらしていない。ハーモニカで例えると、リトル・ウォルターの曲を、音を全てつらつらと並べて吹いて、「この曲は簡単だ」と言うようなものです。ハーモニカを真剣に学んでいる方ならよくわかってもらえると思うのですが、リトル・ウォルターのあの細かい表現力を学ぶのは、たぶん一生かかっても無理と思えるほど難しいですよね。この生徒さんは、そういうところを全くわかっていない。
「全ての音を間違わずに弾く」というのは、クラシック音楽の世界(特に現代の)では確かに大切とされていることですし、それを達成することに喜びを感じるというのはわからないでもありません。でも音を間違わずに弾きたいと思う理由は、「作曲者の意図や自分の表現したいことを正確に伝えたいから」というところにあるべきで、「間違わないこと」が自体が目的となってしまうのは、私は、やはりそれはちょっと違うんじゃないかと思うわけです。
最初のレッスンからずっと、私が彼に伝えたいと思っていたのはそういうことでした。音をただ並べられるようになったからといって、その曲が簡単だということにはならないこと。シンプルな曲でも、深い解釈と細部に対するこだわりを持って弾くのは、時には非常に難しいのだということ。この音にはどういう意味があるのか、なぜここでこの和音なのか、このフレーズはどういう意味なのか、作曲者は何を思って書き自分はそれをどう表現したいのか、そういった思いをめぐらせて音を練って行くこと。曲(作曲者のストーリー)を通して自分自身のストーリーを語ること。そういったことに演奏する本当の喜びを見出して行くこと。ピアノという楽器には、多彩な音色と表現力の可能性が潜んでいること・・・
そういうことを何とかわかってもらえたらと、毎回、辛抱強くそういう話をし続けて来ました。でも何度もレッスンを重ねて来た結果、「もしかしたらこういうことは、理解できない人には一生理解できないことなのかもしれない」と思い始めています。音楽を心で感じることや、音楽にロマンを見出すこと、表現したいという思いなどは、その人の中にもともとあるもの、もしくは本人が人生の中で培って来るものであり、誰かが教えられることではないのかもしれない、と。教師はあれこれと手段を使って道を示すことはできるけれど、それを感じ取る生徒の感性や人間性の深さまでは変えられることができないのではないか、と。
例えば、別の年配の生徒さんは、数年前まで音楽を真剣に聴いたこともないほどの全くの初心者でした。始めてまだ数年なのでテクニック的にはまだまだですが、こちらの生徒さんは私がちょっとそういう話をすると、すぐに音が変わります。「ここのアクセントが付いたコードは、ただガツンとひっぱたくのではなくて、もうちょっと音楽的な意味を持たせて弾いて下さい。ほら、このコードの前のコードは減三和音(ディミニッシュ・コード)ですよね。ここは雲がやって来て突然陰りが出る感じ。でも次のこのコードは主和音(トニック)です。陰りが消えて光が戻って来るんです。ホーム(トニック)に戻って来た喜びを持って弾いて下さい」というようなことを言うと、即座に理解してそれを表現してくれます。テクニックがこれからなので、その表現力にもちろん限りはありますが、彼が表現したいことはよく伝わって来ます。音楽に取り組んでまだ間もない彼がそれを成し得ているのは、音楽を深いところで理解することへの感心や、自分の中にあるものを表現したいという気持ち、そして想像力や感性があるからだと思います。
件の問題の生徒さんには、それが絶望的に欠けている。それを決定的に感じたのは、先週のレッスン。まず、ホロヴィッツのCDについて話をした時のこと。このアルバムは、82歳のホロヴィッツが61年振りに祖国へ戻って演奏した際のライブ録音。「ソヴィエトには帰りたくない」 と口癖のように言っていたホロヴィッツが、これまでのわだかまりを捨てて祖国で音楽を奏でる。そしてそれを熱く受け入れる聴衆。私にとっては、鳥肌と涙なしには聴けない、大切なアルバム。このCDを、数週間前に私は彼に貸しました。「音楽において一番大切なものが伝わって来る素晴らしいアルバムだから、ぜひ聴いて下さい。弾き手と聴き手の対話が手に取るように感じられるから。このアルバムで私達が聴くのは音楽だけではなくて、ホロヴィッツの人生そのものだから。若い頃と違ってミスもあるけど、そんなこと以上に大切なものをホロヴィッツは表現しているから。『トロイメライ』のような簡単な曲でさえ、彼がどれほどの深みと音色の多彩さを持って弾いているか、ぜひ聴いて」と言って。そしてこのアルバムを聴いた生徒さんの感想は、「ホロヴィッツはきれいな音で弾いているけれど、ミスが多すぎる」という一言でした。「ああ、この人は私がこれまで言ってきたことを何一つ理解していなかったんだな」と、私はこの時確信したのであります。
そして、その私の確信を更に決定的にしたのは、その日のレッスンでベートーヴェンの最後のソナタに取り組んだ時のこと。ベートーヴェンの最後のソナタ。この曲は非常に深くて難しい大曲です。一通り彼の演奏を聴いて、「お願いだから、ベートーヴェンが考えに考え抜いて書いたその音を、そんなに軽々しく、何の意味もなく弾かないで」と思った私は、「この曲は、テクニック的にも難しいですが、それ以上に、音楽的に意味を持たせてまとめるのが非常に難しいですね」と言いました。するとその生徒さんは、「この曲に持たせるべき意味なんてあるんですか?ただの愉快で陽気なサウンドの曲ではないですか?」と言い放ったのです。この言葉にはもう、落胆を通り越して怒りさえ覚えてしまいました。ベートーヴェンのソナタ、しかも最後のソナタを「ただの愉快で陽気な曲」と言ってのけるとは、ある意味すごいことです。浅い。絶望的に浅すぎる。相当の浅さでなくてはこんな言葉は出てきません。ベートーヴェンの苦悩は?怒りは?悲しみは?苛立ちは?そして彼が心から得ることを望んでいた心の平安は?この天国的な終楽章の意味は?そういうことを何も感じられないのだったら、そこで語られるべきことがないのだったら、私は音楽を演奏する意味なんてないのではないかと思います。
しかし、この生徒さんのような人は実はそれほど珍しくありません。音大時代のクラスメイトにも、ホロヴィッツのCDを聴いて全く同じことを言った人がいます。数年前、ポリーニのコンサートで私の隣に座った二人組の男性は、ポリーニがちょっとしたミスタッチをする度にちらちらと目を合わせていました。クラシック・ファンのブログでも、このピアニストのコンサートはミスが多くてがっかりだった、あのピアニストはミスがなくて完璧だった、ということばかり書かれたものを少なからず見かけます。ミスがないに越したことはない。でもそれが演奏に求める唯一のものだとしたら、それはあまりにも悲しすぎる。もっと違うところに集中して聴いていたら、ちょっとしたミスなんてそれほど気にならないものなのに。でもそういう人たちには、ホロヴィッツのあたたかく深く、色彩感覚にあふれ、構成力と説得力のあるこういう演奏の偉大さはわからないのだろうと思います。件の生徒さんなら、「この曲は簡単」と言って片づけられてしまうのでしょう。
2011/11/13
NHL Festival 2011 – その3 ・ Dave Ferguson, Rory McLeod
以前、Son of Dave というシーケンサーを使って演奏をするミュージシャンを紹介したことがありますが、その Son of Dave に影響されて独自の音楽を作り始めたという Dave Ferguson。ハーモニカ、ビートボックス、パーカッションなどをループにして一人でライブ・パフォーマンスを繰り広げるというアイディアは Son of Dave と同じですが、作り出される音楽はやはり違います。私は、「もしかして Son of Dave より好きかも・・・」と思いました。
>NHL Bristol 2011 Sunday – Dave Ferguso
それから、Rory McLeod。ハーモニカ以外にも、ギター、トロンボーン、マンドリン、バンジョー、ドラム、パーカッション、チャイニーズ・フルート、スプーン、タップ・シューズ・・・・などなど色々と演奏するマルチ・インストゥルメンタリストのシンガー・ソングライター。今回はハーモニカ・フェスティバルということで、自分へのチャレンジとして敢えて他の楽器は置いてきたそうです(ライブではスプーンとタップ・シューズは使っていましたが)。
先日の Rick Epping もそうですが、今年は特に、ジャンルに関係なくハーモニカという楽器を楽しめたのフェスティバルとなりました。ハーフ・ヴァルヴァルヴド・ハーモニカの演奏で有名な PT Gazell も来ていたのですが、残念ながら彼の演奏は私の好みではありませんでした。YouTube などでその演奏を聞いて、実は一番楽しみにしていたプレイヤーなのですが、実際にライブやワークショップで生演奏を聞いてみたら、音のシェイプの仕方やフレーズの歌い方が心に響かなかったんです。アドリブの音のチョイスはなかなか好きだったんですけど、私はもっと楽器を歌わせるような演奏をする人が好きなんですよね。もちろんこれは私の好みであって、高く評価されているプレイヤーであることに違いはありません。
2011/11/06
NHL Festival 2011 – その2 ・ Rick Epping
数年前にも一度ライブを見たことがあって感動したのですが、今回もやっぱり素晴らしかったリック・エッピングの演奏。涙出そうになっちゃいます。
外見やその雰囲気や話し方から、「ものすごくやさしそうな方だなあ」と思っていたのですが、後に Seydel のプロダクト・マネージャーが、「彼は人柄が良いことで有名なんだ」と言っているのを聞きました。
リック・エッピングは、Hohner の低迷期(製品の質が落ちていた時期)に、プロダクト・マネージャーとして製品を改善する方法を指示し、その建て直しに貢献をして Hohner を救った人です。奏者としてだけではなく、そういう意味でもハーモニカおたくからリスペクトされています。それから、XB-40 というハーモニカを開発したのも彼です。私はこの製品にあまり興味はなかなったのですが、今回、リックがこれを使って演奏しているのを聞いて、「ああ、なるほど、この楽器の持つ意味はこういうことだったのか」と、すとんと納得しました。
彼の演奏からは、その人柄の良さや、ハーモニカに対する愛情が感じられます。紹介するクリップは、2004年のフェスティバルでの演奏。やさしくて、あたたかい。音楽には様々なジャンルがありますが、素晴らしい音楽は、ジャンルを越えて人の心を感動させるものだと思う瞬間。
2011/11/02
NHL Festival 2011 – その1 ・ Tommy Allen & Johnny Hewitt
今年も NHL (National Harmonica League) のフェスティバルの季節がやって参りました。このフェスティバルのある週末の後は毎年、寝不足でふらふらになります。今もまだ疲れが取れていません。でもですね、やっぱり楽しかったです、ハーモニカおたくによる、ハーモニカおたくのための、ハーモニカのお祭り。毎年参加している人と会うのも楽し、数年ぶりに顔を合わせる人と久しぶりに話をするのも楽し、新しい知り合いができるのもまた楽し。そして、一流のミュージシャンと交流ができたり、新たにお気に入りのミュージシャンができるのもまたフェスティバルの楽しみです。
今回、すっかりまいってしまったのが、ジョニー・ヒューイットというイギリスのプレイヤー。名前だけは知っていましたが、演奏は聞いたことがなかったハーピストです。とにかくトーン(音色)が素晴らしいし、そして音楽的にもそのアプローチのセンスがものすごく良くて、かなり私好み。生で聞いた彼のダークで分厚いアンプリファイドのトーンは、デニス・グルンリング並と言っても過言ではない・・・というのはちょっと褒めすぎかな?でもとにかくそれほどすごかったんです。
ジョニーとデュオとして来ていたギタリストのトミー・アレンは、深夜にフェスティバルが終わった後も朝までホテルのバーでギターを弾き続けておりました。それをハーモニカおたく達が囲んで、ハープを吹いたり、一緒に歌ったり。私は踊りながらパーカッションに徹しました(ハーモニカもちょっと吹きましたが)。このフェスティバルは、こういうのがすごく楽しいんです。ブルースはもちろん、スティービー・ワンダーからブライアン・フェリー、はたまたブライアン・アダムス(これはたぶんちょっとふざけて。)まで、人間ジュークボックスと化していたトミー。すごいなあ。
ビデオだとどうしても生のインパクトは伝わりませんが、なかなか良いクリップが YouTube にあったので紹介します。二人とも歌も上手い。どちらもそれぞれ、バンドでの演奏も行っているそうです。
>Tommy Allen & Johnny Hewitt – Back Door Boogie/Had My Fun – Colne Festival









