2009/07/30

コピーの手順

Posted in 音楽理論 tagged @ 2:27 pm by Yuki

先日、デニスの演奏をコピーしているという記事 (>アドリブにおける構成力) を書いたら、「音取りはハープでするのか、ピアノでするのか」 というコメントをいただきました。そこで今日は、コピーをする時の手順を書いてみたいと思います。あくまで私流のやり方なので、どれほどのお役に立つかはわかりませんが、何かの参考になればと思います。

私は、コピーの大部分は、楽器を使わずに耳と頭で行います。その曲をとにかく聞きまくって、頭に叩き込んでしまうのです。といっても、長いソロの頭から終わりまでをいっぺんに覚えるのは大変なので、少しずつ分けて覚えていきます。比較的簡単なコーラスだと、数回聞いただけで12小節まるまる覚えられることもありますが、リズムや音の並びが複雑なフレーズが出てきた場合は、いくつかの部分に分けて、その部分だけを繰り返し聞いて覚えていきます。すべての音が頭の中でイメージできるようになるまで聞き込むことがポイントです。実際に声を出して歌う、頭の中で歌う、どちらでもよいですが、そのフレーズをそらで歌えるようになってはじめて、実際にハーモニカを持って吹いてみます。難しいフレーズの場合、10回聞いて1回吹くくらいの気持ちで聞き込むとよいのではないでしょうか。そうやって部分部分が吹けるようになったら、そのコーラスの始めから終わりまで通して吹く練習をします。そしてそれができるようになったら、ソロの最初のコーラスから練習したコーラスまで通して吹けるようにします。それができたら、次のコーラスに取りかかる・・・と地道に進めて行くわけです。

コピーの作業中、「音は頭でイメージできるけれど、テクニック的に難しくてうまく吹けない」 という箇所があると思いますが、そういう場合は、その部分だけをゆっくり練習して、だんだんとスピードを上げて吹けるようにしていきます。吹けない部分がある時は、音がわからないから吹けないのか、テクニック的に問題があって吹けないのかを見極めて、それに合った練習をして行くと時間が有効に使えると思います。

私は、集中してある曲を練習している時は、練習していない時でも頭の中でその音楽が鳴っていることが多いです。今はデニスですが、その前はスティーヴィー・ワンダーを集中してやっていて、私があまりにも始終その曲を口ずさんでいるので、「お願いだから、その曲はもう勘弁してくれ」 と夫に言われたことがありました (笑)。曲が夢にまで出てくることもあるし、夜中にぱっと目が覚めて、突然その曲が脳内に流れ出すこともあります。人間は眠っている間に記憶するという話を聞いたことがありますが、たぶんそれは本当なのでしょうね。そうなると、曲の最初から最後まで頭の中で復習し終えるまで眠りにつけません。クラシックのリサイタルが迫っていて猛練習している時などは、プログラムを最初から最後まで何度も繰り返し復習して、結局朝まで眠れないということもあります。何が言いたいのかというと、楽器の演奏は身体で覚える部分も大きく、それももちろん大切なことですが、音をイメージするのはあくまで脳だということです。そして、イメージができないと (音を頭の中で鳴らすことができないと)、良い演奏はできません。

曲を聞いてもどの音を吹いているのかわからなくて音取りが苦手という方は、イヤー・トレーニングをすることをお勧めします。ハーモニカの場合は、インターバル (音程) を聞き分けられるようになると、とても役に立ちます。インターバルとは、2つの音の高さの隔たりのことです (詳しくはこちら)。

イヤー・トレーニングをしてインターバルを聞き分ける力をつけると同時に、ハーモニカの各ポジションにおけるインターバルも頭に記憶させて行きます。例えば、2ndポジションだと、2穴ドロー、3穴ブロウ、6穴ブロウ、9穴ブロウがトニック (主音) で、そのトニックを基準にして、6穴ベンド、9穴オーバー・ドローが m2 (マイナー・セカンド = 短2度)、3穴1音ベンド、6穴ドロー、10穴ドローが M2 (メジャー・セカンド = 長2度)・・・というように、インターバルとして楽器の音の並びを覚えて行くのです。ポジションが変わるともちろんインターバルも変わるので、3つのポジション (1st、2nd、3rd) を使われる方であれば、3通りのインターバルを記憶しなくてはならないということになります。面倒だと思われるかもしれませんが、覚えてしまえば音名などをいちいち考えなくてもハーモニカを持ち替えるだけで移調ができるわけですから、そんなに大変なことではないと思います。他のほとんどの楽器は、スケールひとつ練習するのにでも全調で練習して、その音の並びをひとつひとつ覚えて行かなくてはならないのですから、それに比べたらずっと楽だと思いませんか?

インターバルを使う利点は、コピーがしやすくなるということももちろんですが、ハーモニカを持ち替えてもインターバルの感覚は変わらずに使えるということ、同じリフやリックを違うポジションで演奏する時に役立つということ、ハーモニカ以外の楽器の演奏も楽にコピーできるようになること、他の奏者と演奏する際に、相手がどの音を演奏しているかわかるので、アンサンブルが上手くなるということ、身体で覚えているリフやリックを吹く以外のアプローチができるようになり、アドリブの幅が広がるということです。インターバルの感覚は、トレーニングによって誰にでも身につけることができます。デニスも昔、ピアノを使ってトレーニングをしたのだと言っていました。みんなそうやって努力しているんですよね。
イヤー・トレーニングができる、こんなサイトもあります。
Big Ears

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2009/07/28

アドリブにおける構成力

Posted in ハープ日記, ハーモニカ・プレイヤー tagged @ 12:24 am by Yuki

昨晩から、デニスのコピーを始めました。このところピアノ・モードに入っていた頭をハープ・モードに戻すためにデニスの映像を見ていて、コピーしたくなってしまったのです。
dennis gruenling w/ doug deming

私がデニスを好きなのは、分厚く多彩な音色とか、トラディショナルなものと新しいものを融合したスタイルとか、ステージ上の存在感とか、他のプレイヤーとのアンサンブルの上手さとか、髪が長くて声が素敵でせくしぃなところとか (違)、いろいろな理由がありますが、ソロの構成力もかなり大きな要因です。デニスはアドリブ重視で演奏するプレイヤーですが、彼のソロは見事な構成を持っていることが多いと感じます。前のフレーズを発展させて次につなげて行くアプローチとか、ホーン・セクションのようなリフを取り入れたりとか、絶妙なタイミングで取り入れるスペースとか、とにかく音楽的に説得力があります。吹けるリフやリックをつなぎあわせるだけの細部しか見ないアドリブではなくて、全体としてしっかりとした構成を持ったアドリブをする人です。あらかじめ計画してではなくて、アドリブでやってのけるところがすごいですよね。こういうアプローチは私の理想にすごく近いです。

dennis_sdf

さてこの曲、昨晩イントロをコピーして、今日は7コーラスあるソロをコピーしました。音取りにかかった時間は、イントロに20分、ソロに60分くらい。ソロはだいたいの音取りが終わった後、すらすらと吹けるようになるまでに更に1時間弱かかりました。こういうスウィンギーな曲は、去年の秋頃に、キム・ウィルソンやゲイリー・プリミチなどのコピーをして集中してやったのですが、その頃に比べたら (あくまで私としてはということですが) ものすごい進歩です。当時は1曲ざっと吹けるようになるまでに3日はかかっていましたから、「普段はあまり気がつかないけれど、少しずつ上達しているんだなあ」 とちょっと嬉しかったのであります。といっても、全ての音をテンポで止まらずに吹けるようになったというだけで、細かいニュアンスはこれから磨いていかなくてはならないのですが (そしてこれがコピーの一番大切な部分で、難しい部分なんですよね)。

2009/07/25

Have mercy!

Posted in ハープ日記, ハーモニカ以外 tagged @ 6:26 pm by Yuki

このところ、頭がピアノ・モードに入っていて、ハーモニカの練習がちょいとおろそかになっておりました。最近、自分の演奏に飽きるというか、つまらないと感じることが多くなったので、「これはいかん」 と思い、まき小屋でまきを割ってきたのでした。その甲斐あってか昨晩のギグは、ほんの薄い皮ですが、一皮剥けた気がします。ギタリストも昨日は輪をかけて調子が良くて、いつもとは違う新しいアプローチでソロを弾いていたので、それに煽られたこともあり、新鮮なアドリブができました。しかし、ギグが終わった後に話していたら、彼も昨晩は私に対して全く同じことを思っていたということが明らかになり、笑えたのであります。お互いに煽り、刺激しあっていたわけですね。こういうことがあるから、バンドって楽しいです。

さて、ピアノ馬鹿の私が、座右の銘 (?) としていつも心に留めている演奏のひとつが、こちら。
Otis Spann – T’Aint Nobody’s Business If I Do

シカゴ・ブルースのピアニストでは一番好きなオーティス・スパン。サイドマンとしても最高の演奏をする人ですが、フロントマンとしても素晴らしいです。このパフォーマンスは見るたびに泣けてきちゃいます。ピアノも良し、歌も良し。ブルースに必要なものすべてがここにある気がする。ブルースって、こういうふうに演奏されるべきなんだよなあ、まったく。

otis_spann

というわけで、ハーモニカも練習してはいたのですが、現状を維持するための基礎練習をするのが精一杯で、進歩はあまりありません。まあ、パッカーとオーバー・ブロウ / ドローがちょっと上手くなったかなという気はしますが・・・。もうちょっと真面目に練習して、次回こそはハーモニカについての記事を書きます。

2009/07/21

アンサンブルの楽しみ ・ その1

Posted in ハープ日記, ハーモニカ以外 @ 10:37 pm by Yuki

うちのバンドでは、私がピアノとベースを担当しています。キーボードをスプリット・モードにして、左手でベース、右手でピアンを弾くわけです。近年のロッド・ピアッツァのバンドと一緒ですね。彼のバンドは以前はベーシストがいたのですが、聞いたところによると (真相はわかりません。)、金銭的にきつかったので、ベーシストを手放さなくてはならなかったのだそうな (泣)。うお~!!そんなのってあり?天下のロッド・ピアッツァですよ (号泣)!!ここはひとつ、ロッドの新譜の日本盤解説を書かれている大野木さんにがんばっていただいて、日本の皆さんにロッドの素晴らしさを伝えていただきたいと思います。

私の場合は、うちのバンドを結成した時にベーシストだけが見つからなくて、とりあえず私が弾いていたのですが、そのまま現在までだらだらと来てしまったという成り行きベーシストです。何度かベーシストのオーディション (などというご大層なものではなかったのですが。) もしたのですが、どうもしっくりこないし、5人より4人の方がギグやリハーサルの予定も立てやすいし (みんなそれなりに忙しいので。) 、一人当たりのペイも良いということで (結局金か。)、今はこの編成ですっかり落ち着いています。

左手でベースを弾きながらだと、音域、使うテクニック、演奏のアプローチなど、ソロの演奏がやはり幾分限られてしまいます。たまにベーシストのいるバンドとセッションすると、「ああ、左手が自由だとこういうこともできるんだ」 と改めて感じたりして、「やっぱりベースがいるっていいよなあ」 と思うこともあるのですが・・・でも、なんだかんだ言って、私はベースを弾くのが好きなんですよね。ベースはバンドの柱のような存在です。ピアノやハーモニカでバンドのセッションに参加する時、曲の構成を掴むのに私がいつも頼りにするのは、ベースの音です。他の人の音ももちろん聞きますが、一番頼りになるのはベース。ドラムと一緒になって曲のグルーヴと 「枠組み」 を作り、その上で他の楽器を自由に遊ばせるというのは、なんとも言えない満足感と緊張感があります。

さて、前置きが長くなりましたが、本題です。先週末は友達のバンドのギグがあったのですが、いつものベーシストが参加できないということで、私がお手伝い参加しました。本番の2週間ほど前に、バンドの持ち曲27曲が入ったCDを渡されていたので、それを聞き込んでしっかりとお勉強して行きました。知っている曲も多かったのですが、自分では演奏したことがない曲がほとんどだったので、「この曲は普通 ( I V IV ) の12バーだとばかり思っていたけど、ツーファイブ ( II V ) だったんだ」 などと、普段いかにいい加減に聞いているかということが明るみになり、とてもよい勉強になったのでした。ドラマーが何度も一緒にやったことのある人だったこともあって、本番までの2回のリハーサルでバンドの感じも楽に掴むことができ、当日を楽しみにしていました。新しい曲を新しい人達と演るというのは、自分のバンドとは一味違った楽しさがあります。ああ、アンサンブルの楽しみ。

そして当日、本番前のサウンド・チェックが終わり、景気付けの一杯をやりながら (私は演奏前と演奏中は飲まないことにしているので、ジュースで参加。)、バンド・メンバーとあれやこれやと話していた時のこと。ステージで私から一番遠い位置にいたリズム・ギターの人に、「私の音、そっちまでちゃんと聞こえてる?」 と聞いてみました。何か問題があれば、サウンド・チェックの時にサウンドマンに言っているだろうとは思いつつ、念のため。すると、帰ってきた言葉が・・・

「いや、聞こえてない。でもあんまり重要な問題じゃないから、大丈夫だよ。」

「問題じゃない」 って!そんな~。あ、あんさんぶるのたのしみはいづこに・・・。
確かに会場やステージのセッティングによっては、自分の音や他の人の音が全てバランスよく聞こえないことも多いわけで、そういう時でもそれなりの演奏ができる力というのは必要だとは思います。でも、サウンド・チェックの時は、ステージ上の音と客席の音を、時にはどこかで妥協しながらも、できるだけ最高のものにしようと努力するものではないの?

結局、私からサウンドマンに頼んで、キーボードのアンプの位置を変えてもらったのですが、なんだかがっくりしてしまいました。ギグはまあ楽しかったのですが、他の奏者の音を聞かずにするアンサンブルの意味って何なのでしょうね?みなさま、人の音もぜひ聞きましょうね。

関連記事:
アンサンブルの楽しみ ・ その2 (ブルース・ミュージシャンとしての技量)

2009/07/10

リトル・ウォルターの亡霊

Posted in ハーモニカ・プレイヤー tagged , , @ 2:29 pm by Yuki

少し前に、アダム・ガッソー (Adam Gussow) が、自身の運営するサイトで、とても興味深い書き込みをしていました。バラス・ラジャクマー (Bharath Rajakumar) という、カナダのハーピストについてのトピックです。YouTube などをまめにチェックしている方ならご存知だと思いますが、バラスはかなり完璧なリトル・ウォルターのコピーをすることで有名なプレイヤーです。こちらで音が聞けます。
Bharath and his Rhythm Four – Little Walter’s Tell me Mama

アダムは、バラスが素晴らしいプレイヤーだということを述べた上で、ある問題を提起しています。ブルース・ハーモニカを現代化  (modernize) することに常に心を砕いてきたアダムらしいトピックだと思います。彼は自分の意見をはっきりと述べていますが、それを決して読み手に強要しないオープンな内容です。この人は、大学で英語の教授をしたり、本を出したりしているだけあって、いつも素晴らしい文章を書きます。リズムがあって、明快で、読み手をぞくぞくさせるような、美しい文章です。私がした下手な訳だけではなくて、原文も読むことをぜひぜひお勧めします。
Modern Blues Harmonica

アダムの文章が素晴らしいので、今日は私自身の意見は書かずにおこうと思います。
皆さんはどう思われますか?

*       *       *       *       *

反駁を恐れずに、ここに明記する。地球上の全てのハーモニカ・プレイヤーの中で、バラス (ケベック州モントリオール在住) は、完璧な、ぞっとさせるような、非の打ち所ないリトル・ウォルターのサウンドを作り出す数人のうちの一人である。そのサウンドの完璧さは、リック、フレージング、全ての方面においてであるが、特にその機材 (小さなアンプだと思う。賭けてもいい。) は、リトル・ウォルターのレコーディングのほとんど全てのニュアンスを再現させることを可能にしている。

これは中途半端な仕事ではない。この男の夢は、リトル・ウォルターを獲得すること、複製すること、リトル・ウォルターを - 彼の音を、スタイルを、幅広いアプローチを - 生き返らせることだったに違いない。

君はこれについてどう思うだろうか?これは偉大なことだろうか?必要とされたことだろうか?それとも、彼は自分自身を - 彼のオリジナリティを、それがどういうものであれ、「バラス・サウンド」 と呼ばれるべきものを - いけにえにしたのだろうか?完全に忠実な再生という名の十字架の上で。

君たちはたぶん、僕がどう思っているかを知っているだろう。でもやはり言っておこうと思う。僕は、彼はブルースハープというものを制御する道のりを、ちょうど半分まで来ただろうと思う。それも、とても素晴らしいやり方で。そして僕は、彼がそこで止まることを自ら選んだのだろうとも思う。もし彼がこれより先に進まないのならば - というのは、リトル・ウォルターの亡霊がとり憑くことをよしとせず、払い除けることをしないのならば、ということだけれど - 彼は忘れ去られる運命にあるだろう。素晴らしいイミテーターであることよりも悪いことはたくさんある。彼は全く素晴らしいリトル・ウォルターのイミテーターだ。最高のイミテーターかもしれない。間違いなく最高のイミテーターの一人だろう。しかし、僕は - まだ - 彼がどんなクリエイティブなミュージシャンであるかということについては、何も知らないままだ。

もし僕が 「ジェイソン・リッチ・サウンド」 というものを理解したいと思ったら、僕にはそれがどういうものであるかということの考えが幾分ある。「ソニー・テリー・サウンド」 や 「リトル・ウォルター・サウンド」 についてならば、僕は間違いなくそれがどういうものかを知っている。

「バラス・サウンド」 はどういうものなのだろう?それとも僕はバラスのことなど忘れて、ただリトル・ウォルターを聞いていればよいのだろうか?

あるいは、バラスがいかにに完璧にリトル・ウォルターを習得したかということを考えたら、僕はリトル・ウォルターのことも忘れるべきなのだろうか?そして、ブルースハープの伝統の中の、どこか他のところを見るべきなのだろうか?

僕は、若き日のリトル・ウォルターが - バラスの年齢のリトル・ウォルターが - 半世紀前のブルース・ハーモニカ・スタイルへ対するバラスの忠実さを目にしたとしたら、 極めて奇怪だと感じただろうと確信している。1950年代初期のシカゴでは、そんなふうには事は運ばなかった。その時代では、エキサイティングな新しいサウンドを作り出すことが全てだった。それこそが、大勢のミュージシャンに抜きん出る手段だったんだ。ぐつぐつと煮えたぎる蟹鍋の中から這い上がって生きのびるためには、そうするしかなかった。当時は、ブルースは常に再発明され続けていて、リトル・ウォルターもジョン・リー・ウィリアムソンやブルーバード・サウンドのスタイルをマディとの初期のセッションで使っていた。けれど、彼がアンプを使い始めた瞬間・・・他のプレイヤーにはない強みを彼は見せたんだ。

あるいは、もしかしたら、僕は完全に間違っているのかもしれない。なぜ僕は、「ブルースを新しくする」 ということにそんなに執着しなければならないのだろう?リトル・ウォルターが50年代にそうしていたからという、ただそれだけの理由で。もしかしたら僕は、僕自身ののやり方で、バラスと同じくらいのクローンなのかもしれない。リトル・ウォルターの哲学的クローンだ。伝統を保持するだけではなく、新しくすること、新しいサウンドを見つけること、楽器を現代化させることに対して僕が感じているストレスは、もしかしたら見当違いなことなのかもしれない。ブルース・ハーモニカの世界と文明には、愛のある、忍耐強い、鍛練された、私心のないアーキビストが必要なのかもしれない。古典の価値を認め、現在のステージで鮮やかに蘇らせることによって、それらの音楽を存続させる手助けをするプレイヤーが。バラスのアプローチは、一流のヴァイオリニストが見せる、クラシック音楽の伝統的なアプローチと同じものなのかもしれない。リトル・ウォルターのレコーディングは、レパートリーであり、楽譜であり、バラスはその楽譜をリアルタイムで鮮やかに蘇らせるのだ。私達にはそれが必要なのかもしれない。

答えは君が見つけてくれ。

2009/07/01

オーバー・ブロウ / ドロー

Posted in テクニック tagged , @ 10:16 pm by Yuki

先日の続きです。

ブルースハープの演奏におけるオーバー・ブロウ / ドローについての意見は様々で、かなり執着を持って音を出すことに取り組んでいる人もいれば、「リトル・ウォルターやビッグ・ウォルターなどの巨匠達は皆、オーバー・ブロウなんか使わずに素晴らしい演奏をしていたじゃないか。それなのにどうしてオーバー・ブロウなんかが必要なんだ。」 と言う人もいます。この 「どうしてオーバー・ブロウなんかが必要なんだ」 というのは、実は私もそう思っていた時期があるので、わからなくはないのです。現在でも、「オーバー・ブロウを使っているからすごい」 という価値観は私の中にはなくて、「どういう音楽を作り出すか」 ということが最も重要であると思っています。オーバー・ブロウやドローなどのテクニックをを駆使しても、音楽的に脈略がなかったり説得力がなかったりしては意味がないと思うし、オーバー・ブロウを含むたくさんの音をぴらぴらと速く吹きまくる演奏みたいなのにも興味がありません。私が目指すのは、「聞き手にオーバー・ブロウを使っていると気付かせないような演奏」 です。「音楽を作り上げていく中で、出したいと思う音があって、それがたまたまオーバー・ブロウだった」 というのが理想です。あくまでも、「文脈の中で必要だったから使った」 という感じで使いたいと思っています。そういう使い方を上手くやってのけていると私が感じるプレイヤーに、Joe Filisko、Dennis Gruenling、Jason Ricci、Steve Baker などがいます。

最近では、オーバー・ブロウ / ドローを演奏で使う人は珍しくなくなりましたが、全体的にはやはりまだ少数派だと思います。私も意識して練習に取り入れるようになったのはこの2ヶ月ほどで、それまでは実あまり興味がありませんでした。それは上で説明したように、「オーバー・ブロウなんて使わなくても良い演奏はできる」 という気持ちと、「毎日の限られた練習時間の中では、オーバー・ブロウなんかする前にまだまだやらなくてはいけないことはたくさんある」 という気持ちがあったからであります。でも最近は、「そこに音があるなら (ブルース・ハープという楽器がオーバー・ブロウ / ドローができるように作られているなら)、使わない手はないんじゃないか、というか、使って当然なんじゃないか」 と思い始めています。まあ、基礎的なテクニックがかなり改善されて、練習時間に余裕ができてきたということもあるのですが。何はともあれ、ジョーやデニスやジェイソンやスティーヴなどのように使いこなせるようになるのはまだまだ先のお話です。