2011/02/13

Hymne à l’amour

Posted in ハーモニカ以外 @ 10:43 am by Yuki

明日はバレンタインズ・デーということで、今日はエディット・ピアフ (Édith Piaf) の 「愛の賛歌 (Hymne à l’amour)」 で行きます。

EDITH PIAF- hymne à l’amour

シャンソンはよく聞いたりするわけでも詳しいわけでも全くないのですが、エディット・ピアフの歌声はやはりすごいなあと思わずにはいられません。

この 「愛の賛歌」 は日本語でも歌われていますが、こちらの歌詞は日本人向けに上手くアレンジされていますね。大意は合っていますが、ピアフの書いたフランス語の歌詞と比べると、ニュアンスも内容も違います。オリジナルはもっと濃くて、熱くて、不道徳で、クレイジーです。私の下手な訳で申し訳ないですが、こんな感じでしょうか。

* * * * *

空が落ちても
大地が砕けても
大したことではないわ
世の中のことなんてどうでもいい
あなたが私を愛してくれれば

朝が愛に満ちあふれている限り
私の身体があなたの腕の中で震えている限り
様々な問題なんてどうでもいい
あなたが私を愛しているから

地の果てまでだって行く
髪を金色に染めたっていい
あなたがそうしてほしいって言うなら

月だって引っ張り下ろせる
大金を盗むことさえやってのける
あなたがそうしてほしいって言うなら

祖国を見捨てることも
友達を見捨てることもするでしょう
あなたがそうしてほしいって言うなら

みんな私のことを笑うわよね
でも私、何だってできるの
何だってするわ
あなたがそうしてほしいって言うなら

いつの日か、人生が二人を引き裂いても
あなたが死んで遠くへ行ってしまっても
あなたが私を愛していてくれたら、そんなのは大した問題じゃないの
だって私も死ぬのだから

そして私たちは永遠を手にする
計り知れなく続く青色の中で
何ひとつ問題のない空の下で
ねえ愛する人よ、そうやって愛し合うことができるって信じられる?
神様が愛し合う二人をもう一度結び合わせてくれるんだわ

* * * * *

いかにもフランス人って感じですね。こういうのはイギリス人には書けません。日本人にも書けないのではないでしょうか。フランス人というのは何しろ、「ベティ・ブルー」 だとか、「髪結いの亭主」 みたいな映画を作っちゃう人達ですから。私は2年間パリに住んでいたことがあるのですが、人々の独特の我の強さについていけなくて、「もうこんなところ嫌!」 という感じで逃げ出しました。それでも、あの街の美しさや、彼らの芸術や美に対する感覚には、やはり魅かれるものがあります。

どのようなかたちであれ、皆様のバレンタインズ・デーが、素敵なものでありますように。

2011/02/06

弘法筆を選ばず

Posted in テクニック, ハープ日記, 音色 @ 8:20 pm by Yuki

先日、ジャム・セッションに行った時のこと。この日、ハープ・プレイヤーのために用意されていたのは、冴えない音のする小さなアンプと、それにつながれたビュレット・マイク。薄っぺらくてディストーションばかりが激しいひどいサウンドで、ハープ・プレイヤーの方々が気の毒だなあと思いながら聞いていました (私はこの日は演奏には不参加)。

しかし、こんなセッティングでも、上手い人が吹くとそれなりの音になってしまうから不思議です。いや、これは当たり前の事実で、不思議でもなんでもないのですが、これほど顕著にその事実を実感したのは今回が初めてだったような気がします。

アンプを通してかっこいい演奏をするには、音を身体全体に共鳴させて鳴らすというテクニックが必要となります。でもそれは最低限の必要条件でしかなくて (というか、音色作りは、アンプリファイド演奏に限らず、ハーモニカ演奏の基本中の基本ですね。)、本当に上手い人というのは、生音の良さという次元を超えたところで、アンプを上手く使いこなしているんだよなあ、としみじみと感じました。

何て言うかですね、機材 (アンプとマイク) の癖と持ち味を瞬時に理解して、その良い所を最大限に引き出すように、マイクのテクニックなり、演奏のアプローチなりを変えて行く・・・そんな印象でしょうか。ピアニストが、会場の音響や使うピアノによって、即座に指先のタッチやペダルの使い方を変えたりするのにちょっと近いかな、という気がします。

以前にも、アンプは楽器の一部という記事を書いたことがありますが、今回は機材がかなりひどかったので、アンプと吹き手の関係というのを一段と強く感じました。