2014/04/12

Little Walter with Memphis Minnie

Posted in ハーモニカ・プレイヤー tagged , @ 9:56 pm by Yuki

先日のエントリーで、リトル・ウォルターがメンフィス・ミニーと演奏している曲、”Lake Michigan” について触れました。リトル・ウォルターのここでの演奏は本当に素晴らしい (と言うか、この人に良くない演奏なんてないですけど) 。それで今日はもうひとつ、リトル・ウォルターがメンフィス・ミニーと演奏している曲で私の大好きなものを!

>Conjur Man : Memphis Minnie

いいですね〜。

意外に思われるかもしれませんが、メンフィス・ミニーは私のブルースの原点とも言えるほど(原点はピンクレディーではなかったのか。)大好きです。もうかなり昔ですが、ブルースを真剣に聞き始めた頃、色々と聞きたくて買いあさった中にメンフィス・ミニーのCDがあって、このウォルターがハーモニカを吹いている2曲はその中に入っていました。でも当時の私はブルース・ハープにどっぷり浸かっていたわけでもなく、まして演奏を聞いただけでハープを吹いているのが誰かわかるほどブルース・ハープに成通していたわけでもないので(今だってぜんぜん大したことないですが。)、この演奏がリトル・ウォルターだということに気づくのは、何年も後のこととなるのでした。

この2曲が録音されたのは、1952年7月。”Juke” が5月ですから、そのすぐ後ですね。シカゴではなく、メンフィスで録音されています。

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2014/02/10

Little Walter おたく

Posted in ハーモニカ・プレイヤー tagged , @ 12:09 pm by Yuki

先日紹介しましたアキ・クマー(Aki Kumar)のワークショップに行ってまいりました。もうね、ものすごいリトル・ウォルターおたく。曲の頭っから最後まで完コピするのはもちろん、フレーズとフレーズの間の、聞こえるか聞こえないかという息使いまで入念に研究しているお方です。

Aki-1

リトル・ウォルターは、常にブレスで作り出すリズムに乗って演奏をするのがそのプレイの特徴です。他のプレイヤーにも見られることですが、リトル・ウォルターは特に顕著だと思います。アキのワークショップでは主に、このブレスでリズムをキープすることの大切さが取り上げられていました。 (この日、別の教室でうちの夫も同じトピックでワークショップをやっていました。全くの偶然ですが、こだわりの強いプレイヤーにとっては、何とも重要なトピックだということだと思います。)

そんな非常に緻密な研究をしているアキ・クマーですが、実際のパフォーマンスでは自身の演奏をする人です。「曲の再現」を目指したような演奏をするバラス・ラジャクマー (Bharath Rajakumar)とはかなり違います。リトル・ウォルターのスタイルをインプットとして、自分の言葉でアウトプットする、という点では、アキはキム・ウィルソンに近いかなあ。

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歌も上手いし、演奏中のオーディエンスとのコミュニケーションの取り方もプロフェッショナルだし、私としては、「次世代のキム・ウィルソン」として今後の活躍を期待したいプレイヤーです。

2013/10/03

初期のLittle Walter、Big Walter

Posted in ハーモニカ・プレイヤー tagged , , @ 11:17 am by Yuki

ものすごく久しぶりにこれを聞いたら、たまげた。初期のリトル・ウォルターです。

Little Walter – Blue Baby

リトル・ウォルターの初期の演奏に、サニー・ボーイ・ウィリアムスン I の影響が強く見られることは有名な話ですが、この曲は特にすごい。細かいニュアンスや音色までまんまサニー・ボーイ1世のスタイルです。私は最近、サニー・ボーイ I のコピーを始めたので、リトル・ウォルターのこだわりがすごくよくわかって、感動すら覚えます。レコードしかない時代に、大変だったろうに(CDやパソコンの方が、聞き返したりする作業が断然楽ですよね)。

天才リトル・ウォルターも、自分のスタイルを作り上げる前は、先代の演奏をしっかりお勉強したんですね。しかし、ここからあのスタイルに発展させたというのは奇跡に近いというか、やはり天才の成せる技、という気がします。でも、後にリトル・ウォルターが生みだした独自のスタイルも、よく考えてみると、サニー・ボーイ1世のスタイルを学んだからこそ、という面も多いでしょうね。スウィング感とか、音楽の弾む感じとか、特に。

さて、サニー・ボーイ・ウィリアムスン I のスタイルを学んだのは、リトル・ウォルターだけではありません。初期のジュニア・ウェルズなんかもそうですけれども、今日はビッグ・ウォルターのこれ。

Walter Horton – Blues In The Morning / Little Boy Blue

特に2曲目の Little Boy Blue(2:53あたりから)がサニー・ボーイ I 入っています。

サニー・ボーイ I のコピーは、やればやるほど、「この人は本当にすごいテクニシャンだったんだなあ」と思います。彼の演奏はシンプルに聞こえますが、実は高度なテクニックがないとできないことばかり(なので私は苦労しています)。

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みんなここから始まった。

2013/09/15

ブルース・ハープ界の色男たち ・ 第2段

Posted in ハープ日記, ハーモニカ・プレイヤー, ハーモニカ小物 / お手入れ tagged , , , @ 10:48 pm by Yuki

仕事がらみの雑用とか、生活上の雑用などに時間を取られることが多い今日この頃。一日中、音楽といい男のことだけを考えて暮らす、というのが私の理想の生活ですが、一応社会人なのでそうも行きません。ということで、ブログで発散!ブルース・ハープ界の色男たちの第2段です。

まず、ものすごくかっこいいこの写真。

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左からElmore James、Sonny Boy Williamson II、Earl Phillips(長い間、Tommy McClennanだと言われてきた様ですが、Earl Phillipsが正解みたいです。)、それからLittle Walter。

ものすごい顔ぶれが、オーラ発散させながらシカゴの街を歩いています。煙草に火をつけているサニー・ボーイとか、楽しそうに笑っているリトル・ウォルターとか、自然な感じが非常に良い写真です。しかもみんな白シャツで、シャツ・フェチの私としてはよだれ出そうです。リトル・ウォルターのタイなんてもう最高。白シャツって、場合によってはミュージシャンというよりサラリーマンみたいになってしまうことがありますが、この顔ぶれではそれはありえません。1953年頃の撮影らしいですが、だとしたらリトル・ウォルターが自己名義でばりばりやり出した頃ですね。こんな無邪気な笑顔を見ると、切なくなっちゃいます。この人には本当に、もっと長生きしてほしかった。

それにしても、リトル・ウォルターとサニー・ボーイの足の長さは尋常じゃあないです。サニー・ボーイにいたっては、こんな写真もあります。

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足長っ!!余裕で8頭身はありそうです。この写真はちょっと無理やり笑っている感があってあれですけど、同じくKing Biscuit Timeからの写真で、こんな素敵なのもあります。

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これ、かっこいい!めっちゃタイプ!何がタイプかっていうとですね、ええと、体つきが。(こら!)まくり上げた白シャツの袖から出てる腕とか、太股の感じとか、足首とか、それに何より私は、背の高い人に弱い。

サニー・ボーイと言えば、私が最近夢中でコピーしている1世(ジョン・リー・サニー・ボーイ・ウィリアムスン)の方も、素敵な写真があります。残されている数少ない写真のほとんどで人の良さそうな笑顔を浮かべているこの方ですが、めずらしくこんなイケメンなのも。

johnlee-sonnyboy-williamson.resized

かっこいいですね!

それから、ビュレット・マイクを持っている、ちょっと激しい感じのこの写真もかっこいい。アンプリファイドの録音は残っていませんが、天才・リトル・ウォルターがあの革新的な演奏で現れるずっと前から、ジョン・リーはアンプリファイド・ハープを試みていたこととなります。

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でもやっぱり、私が一番好きなのは、ジョン・リーらしいこれ。

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明日もコピーに励みます!

2012/11/25

リトル・ウォルターの映画

Posted in ハーモニカ・プレイヤー, 本 / DVD / 映画 tagged @ 6:14 pm by Yuki

Little Walter の伝記映画ができるらしいです!

タイトルは、”Blue Midnight”。

いつ公開になるのかなどはまだわかりませんが、イギリスでも公開になるのかなあ。日本でも見られるといいですね。

こりゃ楽しみだ。

2012/04/24

近況

Posted in ハーモニカ・プレイヤー tagged @ 8:45 pm by Yuki

しばらく日本へ行っていたため、ブログが放置状態になってしまいました。

時差ボケ、雑用、夫の誕生日、仕事・・・などがちょっと落ち着いて、まとまった記事が書ける余裕ができたら更新したいと思います。日本の友人や家族に急かされて、ずっとサボっていた日常のブログの方もまたぼちぼち始めたので、お暇な方は覗いてみてください。

楽しかった休暇が終わり、明日からまた仕事なので、夏休みが終わる前の小学生みたいな気分になっています。景気付けに、今日はこの名曲。

Little Walter, Juke

リトル・ウォルターの演奏は、聴く度に新しい発見があります。いろんな細かいところに注意して聴くと、この人の演奏は本当にすごい。

2011/11/18

そこで語られるべきこと

Posted in ハーモニカ・プレイヤー, ハーモニカ以外 tagged @ 12:41 pm by Yuki

今日はちょっと愚痴です。音楽の話ではありますが、クラシックの話ですし(ブルースに共通する点もあるとは思いますが。)、仕事の愚痴なので、お暇な方だけ読んでください。

数ヶ月前からレッスンをしている生徒さんがいます。60代後半の年配の方で、クラシック音楽を長年愛好してピアノを弾いてきたアマチュア・ピアニストの方なのですが、この生徒さんに私はちょっと困っています。最初のレッスンから、「この人とは音楽に求めるものが根本的に違うのかも」と思い始め、更にレッスンを重ねた今、「この根本的な違いの溝は、どんなにレッスンを続けても埋められるものではないのかもしれない」と、ちょっと絶望的な気持ちになっています。

「この曲は簡単」とか、「この曲は難しい」とか、とにかくやたらと難易度にこだわる人で、それはもちろん自分の力量や曲のレベルを把握する上で大切なことではあるのですが、問題は彼の言う難易度の基準が、「全ての音を間違わずに弾けるかどうか」のみによることです。音色や細かい表現に対するこだわりは全くないし、作曲者の意図や音楽的な深さや難しさについては、その存在を理解すらしていない。ハーモニカで例えると、リトル・ウォルターの曲を、音を全てつらつらと並べて吹いて、「この曲は簡単だ」と言うようなものです。ハーモニカを真剣に学んでいる方ならよくわかってもらえると思うのですが、リトル・ウォルターのあの細かい表現力を学ぶのは、たぶん一生かかっても無理と思えるほど難しいですよね。この生徒さんは、そういうところを全くわかっていない。

「全ての音を間違わずに弾く」というのは、クラシック音楽の世界(特に現代の)では確かに大切とされていることですし、それを達成することに喜びを感じるというのはわからないでもありません。でも音を間違わずに弾きたいと思う理由は、「作曲者の意図や自分の表現したいことを正確に伝えたいから」というところにあるべきで、「間違わないこと」が自体が目的となってしまうのは、私は、やはりそれはちょっと違うんじゃないかと思うわけです。

最初のレッスンからずっと、私が彼に伝えたいと思っていたのはそういうことでした。音をただ並べられるようになったからといって、その曲が簡単だということにはならないこと。シンプルな曲でも、深い解釈と細部に対するこだわりを持って弾くのは、時には非常に難しいのだということ。この音にはどういう意味があるのか、なぜここでこの和音なのか、このフレーズはどういう意味なのか、作曲者は何を思って書き自分はそれをどう表現したいのか、そういった思いをめぐらせて音を練って行くこと。曲(作曲者のストーリー)を通して自分自身のストーリーを語ること。そういったことに演奏する本当の喜びを見出して行くこと。ピアノという楽器には、多彩な音色と表現力の可能性が潜んでいること・・・

そういうことを何とかわかってもらえたらと、毎回、辛抱強くそういう話をし続けて来ました。でも何度もレッスンを重ねて来た結果、「もしかしたらこういうことは、理解できない人には一生理解できないことなのかもしれない」と思い始めています。音楽を心で感じることや、音楽にロマンを見出すこと、表現したいという思いなどは、その人の中にもともとあるもの、もしくは本人が人生の中で培って来るものであり、誰かが教えられることではないのかもしれない、と。教師はあれこれと手段を使って道を示すことはできるけれど、それを感じ取る生徒の感性や人間性の深さまでは変えられることができないのではないか、と。

例えば、別の年配の生徒さんは、数年前まで音楽を真剣に聴いたこともないほどの全くの初心者でした。始めてまだ数年なのでテクニック的にはまだまだですが、こちらの生徒さんは私がちょっとそういう話をすると、すぐに音が変わります。「ここのアクセントが付いたコードは、ただガツンとひっぱたくのではなくて、もうちょっと音楽的な意味を持たせて弾いて下さい。ほら、このコードの前のコードは減三和音(ディミニッシュ・コード)ですよね。ここは雲がやって来て突然陰りが出る感じ。でも次のこのコードは主和音(トニック)です。陰りが消えて光が戻って来るんです。ホーム(トニック)に戻って来た喜びを持って弾いて下さい」というようなことを言うと、即座に理解してそれを表現してくれます。テクニックがこれからなので、その表現力にもちろん限りはありますが、彼が表現したいことはよく伝わって来ます。音楽に取り組んでまだ間もない彼がそれを成し得ているのは、音楽を深いところで理解することへの感心や、自分の中にあるものを表現したいという気持ち、そして想像力や感性があるからだと思います。

件の問題の生徒さんには、それが絶望的に欠けている。それを決定的に感じたのは、先週のレッスン。まず、ホロヴィッツのCDについて話をした時のこと。このアルバムは、82歳のホロヴィッツが61年振りに祖国へ戻って演奏した際のライブ録音。「ソヴィエトには帰りたくない」 と口癖のように言っていたホロヴィッツが、これまでのわだかまりを捨てて祖国で音楽を奏でる。そしてそれを熱く受け入れる聴衆。私にとっては、鳥肌と涙なしには聴けない、大切なアルバム。このCDを、数週間前に私は彼に貸しました。「音楽において一番大切なものが伝わって来る素晴らしいアルバムだから、ぜひ聴いて下さい。弾き手と聴き手の対話が手に取るように感じられるから。このアルバムで私達が聴くのは音楽だけではなくて、ホロヴィッツの人生そのものだから。若い頃と違ってミスもあるけど、そんなこと以上に大切なものをホロヴィッツは表現しているから。『トロイメライ』のような簡単な曲でさえ、彼がどれほどの深みと音色の多彩さを持って弾いているか、ぜひ聴いて」と言って。そしてこのアルバムを聴いた生徒さんの感想は、「ホロヴィッツはきれいな音で弾いているけれど、ミスが多すぎる」という一言でした。「ああ、この人は私がこれまで言ってきたことを何一つ理解していなかったんだな」と、私はこの時確信したのであります。

そして、その私の確信を更に決定的にしたのは、その日のレッスンでベートーヴェンの最後のソナタに取り組んだ時のこと。ベートーヴェンの最後のソナタ。この曲は非常に深くて難しい大曲です。一通り彼の演奏を聴いて、「お願いだから、ベートーヴェンが考えに考え抜いて書いたその音を、そんなに軽々しく、何の意味もなく弾かないで」と思った私は、「この曲は、テクニック的にも難しいですが、それ以上に、音楽的に意味を持たせてまとめるのが非常に難しいですね」と言いました。するとその生徒さんは、「この曲に持たせるべき意味なんてあるんですか?ただの愉快で陽気なサウンドの曲ではないですか?」と言い放ったのです。この言葉にはもう、落胆を通り越して怒りさえ覚えてしまいました。ベートーヴェンのソナタ、しかも最後のソナタを「ただの愉快で陽気な曲」と言ってのけるとは、ある意味すごいことです。浅い。絶望的に浅すぎる。相当の浅さでなくてはこんな言葉は出てきません。ベートーヴェンの苦悩は?怒りは?悲しみは?苛立ちは?そして彼が心から得ることを望んでいた心の平安は?この天国的な終楽章の意味は?そういうことを何も感じられないのだったら、そこで語られるべきことがないのだったら、私は音楽を演奏する意味なんてないのではないかと思います。

しかし、この生徒さんのような人は実はそれほど珍しくありません。音大時代のクラスメイトにも、ホロヴィッツのCDを聴いて全く同じことを言った人がいます。数年前、ポリーニのコンサートで私の隣に座った二人組の男性は、ポリーニがちょっとしたミスタッチをする度にちらちらと目を合わせていました。クラシック・ファンのブログでも、このピアニストのコンサートはミスが多くてがっかりだった、あのピアニストはミスがなくて完璧だった、ということばかり書かれたものを少なからず見かけます。ミスがないに越したことはない。でもそれが演奏に求める唯一のものだとしたら、それはあまりにも悲しすぎる。もっと違うところに集中して聴いていたら、ちょっとしたミスなんてそれほど気にならないものなのに。でもそういう人たちには、ホロヴィッツのあたたかく深く、色彩感覚にあふれ、構成力と説得力のあるこういう演奏の偉大さはわからないのだろうと思います。件の生徒さんなら、「この曲は簡単」と言って片づけられてしまうのでしょう。

Horowitz plays Schumann Traumerei in Moscow

2011/06/18

ミュージシャンのシャツの着こなしを見てみる

Posted in ハーモニカ・プレイヤー, ハーモニカ以外 tagged , , , , , @ 9:16 am by Yuki

先日の記事で、ジェリー・ジェモットがキング・カーティスと演奏しているクリップを紹介しましたが、それを見ていて気づいたこと。

シャツがフリフリ!

タキシードにフリルのシャツにサングラスという着こなし。かっこいいではありませんか。胸元もフリフリ、袖口もフリフリでかわいい!シャツフェチの私としては、いい男が素敵にシャツを着こなしているのを見ると、へろへろになってしまいます。例えば、ランディ・バミューデス。

パープルですよ、パープル!ランディは黒を着ることも多くてそれも似合うのですが、こういう白っぽい色の方が数倍素敵だと思います (白シャツフェチ)。肩から胸にかけての刺繍もかわいい。それにこの、身体の線がちょうどよく出たフィット感。どうですか、みなさん。手を伸ばしてそっと触れたくなりませんか?時間をかけてやさしくゆっくり脱がせたくなりませんか? (たぶんならない。) このシャツを着て演奏しているクリップもあって、これは非常に危険です。こんなのを YouTube に載せてはいけません。好きになってしまいます。刺繍がついた袖口から覗く手と、シャツの身体へのフィット感と、首周りの開き具合にノックアウト! (死語!)

>Fabulous Thunderbirds: She’s Tuff

ハーピストでも素敵にシャツを着ている人がいますね。ちょっと粗雑な着こなしがその攻撃的な表情に合っているリトル・ウォルター。メンチ切っている (また死語?) ヤンキーに見えないこともないですが、この荒々しさはかっこいいです。不良 (死語続出?) の上級生に憧れる中学生みたいな気分になっちゃいます。ウォルター先輩、第2ボタン下さい!

サニー・ボーイ2世はスーツも似合いますが、上着を脱いだシャツ姿も素敵ですね。サスペンダーが渋くて高ポイントです。

タキシードに白シャツでフォーマルな装いのウィリアム・クラーク。でもちょっと襟元を開けて、上手く着くずしているところがかっこいい。胸のポケットのアクセサリーが、ポケット・スクエア (ハンカチ) ではなくてハーモニカというところも憎いです。

キュートなチェックのシャツをクールに着こなすチャーリー・マッスルホワイト。丈が短めなところが洒落ています。しかしこの写真は、いい男が4人そろってシャツですよ!!どうしますか、みなさん (たぶんどうもしない)。欲を言えば、ジューン・コアのシャツが長袖であってほしかったと思います (長袖シャツフェチ)。

やっぱりシャツは長袖で白系統で、ちょうどよい具合に身体にフィットしていてほしいものです。それから、やはり素肌の上に直に着てほしい。先ほどの Fabulous Thunderbirds のクリップでは、マイク・ケラーがシャツの下にTシャツなんか着ていますけれども、これはいけません!骨っぽくて (こちらの女性に人気のマッチョタイプは私は苦手。)、ちょっとシャイでやさしそうな感じ (サインと握手をしてもらった時の勝手な印象。) が私好みでセクシーなのに、なんてもったいない!!!いい男は潔く、素肌の上にシャツを着るべきだと思います。

以上、エロハープブログでした!

2010/10/15

リトル・ウォルターのコピー

Posted in ハーモニカ・プレイヤー, ハーモニカ以外 tagged , , , , @ 3:25 pm by Yuki

エリック・クラプトン (Eric Clapton) の新しいアルバムにキム・ウィルソン (Kim Wilson) が参加しているというので、Spotify で聴いてみました。キムが演奏しているのは、リトル・ウォルター (Little Walter) の “Can’t Hold Out Much Longer” と、スヌーキー・プライアー (Snooky Pryor) の “Judgement Day” の2曲。”Judgement Day” の方は、キムらしいフレージングの演奏で、「さすがキム!」 などと思ったりしたのですが、”Can’t hold Out Much Longer” のイントロとソロは、かなり厳密なウォルターのコピー。「キム・ウィルソンがリトル・ウォルターを正確にコピーするとどうなるか」 という点としてはおもしろいですが、私は個人的には、キム自身のテイストをもっと取り入れた演奏の方が良かったのでは?と思います。ブルース・ハープを学ぶには、オリジナルを一音一音正確にコピーするという行為は欠かせないことではありますけれど、最終的には自身のテイストで演奏するというアプローチの方が私の好みです。

リトル・ウォルターのコピーで私が特に好きなのは、リック・エストリンとロッド・ピアッツァ。リック・エストリンのこの “Juke” は、とりわけすごいと思います。
Rick Estrin & the Nightcats “Juke”

キム・ウィルソンも “Oh Baby” などはすごく好きです。先日話題にした Amanda’s Rollercoaster では、デニスが “Juke” をサード・ポジションで演奏しているクリップがありましたね。これもおもしろかったです。(このクリップは最近、YouTube から消されてしまったようで、残念です!)

全くの余談ですが、エリック・クラプトンといえば、彼が70年代に公の場 (自身のコンサート会場) で、人種差別的発言をしたことは有名な話ですね。イギリスにおける移民問題についての発言でしたが、その内容は、「イギリスは白人の国であって、有色人種の移民を受け入れるべきではない」 という、人種差別以外の何物でもありませんでした。更に彼がそこで使った言葉は、”black wogs”, “fucking Jamaicans”, “coons” など、軽蔑に満ちたひどいものばかりです。クラプトンはその後、「自分は人種差別主義者ではない」 と言ってはいますが、このコンサートでの発言を撤回したり、謝罪の言葉を述べたり、などということは今日までしていません。数年前においても彼は、移民問題に対する自分の意見は変わらないし、自分はやはり Enoch Powell* を支持する、という発言をしています。

有名なミュージシャンの中には人格に問題がある人も多いので (日本にも、障害者いじめをしていたことをインタビューで悪びれる様子もなく話していたミュージシャンなどがいますね。)、そういう意味ではさほど驚くべきことでもないのかもしれませんが、ブルースなどのブラック・ミュージックを演奏して金儲けをしているクラプトンがこういう発言をしたというのは (彼がブルースという音楽を世に広める貢献をしたという事実はあるにしても)、やはり許せないことであると感じます。

おそらくクラプトンは、ブルースという音楽に本当に魅せられたからこそ演奏しているのだと思うし、黒人のブルース・ミュージシャン達を尊敬しているのだろうとも思います。でもそれと、自分の国に移民を受け入れることとは、彼の頭の中では別の問題なのだと思います。黒人の音楽は好きだけれど、自分の国に黒人が増えるのは困るのだ、と。そういう考え方の人が世の中に存在するということは、日本という移民に対して閉鎖的な国で育った私は、なんとなく想像ができます。

* イノック・パウエル。イギリスの保守派の政治家で、その移民問題に関する演説は人種差別的であるという物議をかもし出した。クラプトンはこの70年代のコンサートで、パウエルを支持するという発言をしている。

2010/10/06

CM

Posted in ハーモニカ・プレイヤー tagged @ 10:22 am by Yuki

石油会社、シェルのCMです。

Anuncio Shell V Power Etanol

シェルの宣伝をしたいわけでは全くありません。なぜこんなCMを載せたのかというのは、ブルース・ハープ好きの方なら、見ていただければすぐに、 「おおっ!」 とおわかりいただけると思います。

生きていたら、何て言ったでしょうね?

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